お伝えしたいことを書きました。 ―議員説明会のブログ記事掲載にあたって考えたこと。

こんばんは。
北村ななみです。

昨日更新した議員説明会のブログエントリについて、本日、エントリを非公開にするという判断をいたしました。
そこについて、説明させていただきます。

▼なぜ、非公開にしたのか?
ことの発端は、「この内容は、現時点で公開すべきものではない」、という助言をいただいたからです。
それは特に、タイトルにも書いていた「金額」についての部分が大きいです。

その助言をいただいたことが、自身のエントリを見直すきっかけになりました。

私が言及した金額に関しては、まだ、何ら決定されたものではありません。
それをあたかも確定したかのように書いている、そのように受け止められかねないように書いている、ということは、事実を公正に伝えていることにはなりません。

▼ブログを書いた意図
私が昨日ブログを書いたのは、金額が高いか低いか、といったことを話したかったのではありません。
そのお金をもらうことの是非について、より深めた話がしたかったわけでもありません。
金額決定、およびその金額をもらうか否か、というもっと前段の話が置き去りになってはいないか?そこを指摘したい、それが主眼でした。

しかし、私の書き方では、その主眼が、意図しない形で伝わる可能性があることを知りました。
そこは、私がこのエントリを公開する判断をした際には想定に入れていなかった部分です。

その想定していなかった範囲にまで影響を与えかねない、そして想定外の範囲にまで誤解を招きかねない書き方しかできなかったのは、自身の力不足、また勉強不足という部分が大きいです。

自分の見知った範囲で判断し、発言、情報発信していくことが議員としての責務だと思いますが、自身が想定していなかった部分に対する行為について、「そうすべきではない」という助言をいただいたときには、自分が想定していなかった部分に対する指摘は真摯に受け止め、新たな指摘にどのように対処すべきか、自省することが私は必要だと考えました。

私の想定していなかった範囲にいる人たちが、私の行為で不利益を被るとしたら、私はそれを知ったうえでも、同じ行動を取るべきでしょうか?

そこは、その事実を知る前とは違う土台に立って、改めて「判断」をするべきだと私は考えます。
それまでは、知らなかった、考えていなかったけれども、判断する基準の中に入れるべき材料が、新たに一つ増えたことになるのですから。

その新たな「判断」が、過去の判断と異なったのであればその理由はもちろん説明すべきですし、同じ判断をすることになっても、その理由は明言しておくものであることは間違いありません。

▼結論
以上のような考えを持ったうえで、

①金額に関しては、不確定な部分が多いにもかかわらず、あたかも確定されたかのような表記の仕方は誤解を招きかねない、ということは理解する。
②自分が意図したかった「金額決定の可否、金額をもらうか否か、における議論がそもそも不足していること」、については、前回のブログの書き方だと意図しない形で受け取られかねないおそれがあること。

この2つの考えから、私はブログを非公開にする、という判断をしました。

ただ、それは、市民の方に情報を知ってもらわなくていい、ということではありません。

適切な形で情報を公開し、発信していくことは必要です。
でも、今回の件に関しては、その公開の形が適切ではなかったと思います。

私は、昨日の記事を書いたこと、伝えたかった主眼自体には、間違った部分はなかったと思っています。
でも、その書き方が、誤解を招きかねない危うさをもっていることは指摘されて気が付きました。

自分の思いを、このブログという場で一方的に書き連ねることができるのは、「誰かが、その人が反論できない場所」で、好きなことを主張できることにもなりかねません。
それはある種、反撃できない場で一方的に発言できる「暴力性」を有していますし、そこに気づきながら発言を継続することは私の意図するところではないです。

私が理想としていること、それは、議会内でも、対当局でも、話すべきことはきちんと話し合ったうえで、それぞれに了解を取り合いながら是とする方向に向かっていく、それが市民のためになる、常に市民のことを考えたものになっている、そういう議論の場の在り方です。

そこを目指そうと考えているにもかかわらず、誤解が生まれかねないエントリを公開し続けることは、私の是とするものではありません。

以上のような理由から、私は、当該ブログのエントリを非公開にする判断をしました。
この件に関して、また、今回のエントリに関して、ご意見下さる場合は、お手数ですが、コメント欄に記入するのではなく、メールかメッセージにてご連絡いただきますようお願いいたします。

自分の真意を連ねた文章に対し、SNS上で文章によるやり取りのみを行うことは、私の望むものではないことを申し添えて、本日のエントリとさせていただきます。
長らくお読みいただきありがとうございました。

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新宮市まち・ひと・しごと創生総合戦略について② ―「結婚・出産・子育ての希望を叶える」ってどんなまちづくり?(働き方と、結婚、出産についての考え方)

こんばんは。
北村ななみです。

書ききれていなかった、創生総合戦略について、「結婚・出産・子育ての希望を叶える」ってどんなまちづくり?」というテーマを今日は書きます。

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先日、まち・ひと・しごと創生総合戦略についての、最後(になるであろう)の議員説明会がありました。
最後の、としたのは、2月19日に行われる総務建設委員会でも再度この話をするからです。
(8人の議員からなる総務建設委員会と、17人の議員全員が参加できる議員説明会は、別のものなのでこうやって書きました。)

自分がこの総合戦略について気になっていたのは、「結婚・出産・子育ての希望を叶える」という文言です。

私は、自分の経験上と、自分の友人・知人といった周囲の状況、社会環境を見て、

「結婚・出産・子育てをしたい」人ばかりが存在するわけではない、ということを強く思っていました。

結婚する/しないはもちろん、何らかの要因で”できない”こともあります。
それは、自然にそうなっているのかもしれないし、社会的な要因であるかもしれません。

出産、子育ても同様です。

する/しない/できない、というのは、主義でもあれば、環境によるものでもあり、成年したら大多数の人が婚姻関係を異性間で結び、子どもを出産し、子育てする、というモデルは、特に近年のように価値観が多様化する中では、様々な形へと変わりつつあります。

自治体が、その維持運営のために、そこに住む人たちに対してこういった政策目標を掲げることは、一方では仕方のないことかもしれません。
ただ、その一方では、「何らかの理由で結婚・出産・子育てをしない/できない」人がいるかもしれない、という視点は必要です。

その視点を取りこぼすことは、そこに住む人の多様性をなくし、個人の選択の自由を狭めることになりかねません。

色々な生き方をする人がいる。

その前提に立ちながら、政策目標を考えることが今の自治体には必要なことではないでしょうか。

***
もう一つ、結婚・出産・子育てに関して考えていること。

それは、必ずしも「夫婦単位」で子育てすることを想定して制度を運用しなければならないのか、ということ。

シングル家庭の方もおられます。
何らかの理由で「家庭」を離れて育つ子どももいます。
こういった場合に、制度上の様々な措置は確かにあるかもしれません。

でも、例えば、「両親がいる家庭」にはこういう支援、「シングル家庭」にはこういう支援、と、そこに差を設けるよりも、「単身」でも安心して出産できて、子育てできる、という仕組みを設けることも一考に値するのではないでしょうか。

また、外国の方への対応も大切です。
外国の方の子育て、日常生活について、個別に現状を知る機会がありました。

その現状を見て、外国の方の子育てをどう支援するか、そして、外国の子、ハーフ(※1)の子をどのように社会として受け入れ、「地域に住む子ども」として一緒に育てていけるか。

それを、今すぐ考え、実行に移していかないといけないです。

「多様性」が現に存在する、その中で、個人がどういう「結婚・出産・子育て」の形を選ぶか。

きちんと、選択できる状態に社会環境が整っているか。

必要なのは、そういう選択肢を最初から「ないものにしない」という、制度や社会環境を整備して運営する側の考え方だと思います。

それが必要なのだと発信していきます。

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最近、あまりお会いできていない方、お話しできていない方もおられます。

ただ、今、相談を受けたり、あれもこれもと動く中で、まだ目が向けられていない、光が当たっていないと感じる部分に出くわすことが多々あります。

そこをなんとかしていきたいという気持ちは変わっていないので、今日は自分の考えを述べる部分が多い記述になってしまいました。

今日、私が言いたかったのは、

①結婚・出産・子育ては、する/しない/できない、といった問題を内包しているデリケートな事象であること、その視点を持った政策目標、政策を考えるべきではないか、ということ。
②単身であっても出産・子育てしやすい環境、制度作りが必要なのではないかということ。
③外国の方、(言及はできなかったけど)障がいを持った方に対する結婚・出産・子育てをどのように支援するのかを改めて考える必要があること。

という3つです。

「希望を叶える」という文言には、文句ありません。

個々人の「希望を叶える」ことができる環境づくりに向けて、もっと力を付けたいと思います。

・・参考・・
子ども、産まなくてもいいですか? 自分の意思だけでは決められない苦悩 – ウートピ

※1 今回は、便宜上「ハーフ」という表記を使いました。現在では、「ハーフ」といういい方は差別的である、差別を助長するとも言われており、「ダブル」、「ミックス」といった言い方をすることもあるようですが、この言葉は、日本において日本人と外国人との間に生まれた子を指すもっともなじみがある言葉であると考え、この表記を用いました。

新宮市まち・ひと・しごと創生総合戦略について① ―そもそも総合戦略って何なの?

こんばんは。
北村ななみです。

3か月に1度発行している私の活動報告が1週間ほど前に完成し、ただいま配布しております。
私もポスティングしておりますが、たま~に「北村さんですか?」と声をかけていただけたりするので、とてもありがたく思っています。

さて、書いておかねば!と思っていた「新宮市まち・ひと・しごと創生総合戦略」について。
でも、そもそも、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」って何なのでしょうか?
これをテーマに書きたいことが多々ありますので、

 ①そもそも総合戦略って何なの?
 ②「結婚・出産・子育ての希望を叶える」ってどんなまちづくり?(働き方と、結婚、出産についての考え方)
 ③子どもは「まち」に対して何を考えているのか?

という3つのテーマを軸にそれぞれ書いていきたいと思います。

まず、本日は①、そもそも「総合戦略って何なの?」ということを見てみたいと思います。

***

平成26年11月28日、国は「まち・ひと・しごと創生法」という新たな法律を公布、施行しました。
この法律の目的は、その第1条にも定められている通り、「少子高齢化の進展に的確に対応し、人口の減少に歯止めをかけるとともに、東京圏への人口の過度の集中を是正し、それぞれの地域で住みよい環境を確保して、将来にわたって活力ある日本社会を維持していくために、まち・ひと・しごと創生に関する施策を総合的かつ計画的に実施する」ものです。(まち・ひと・しごと創生法の概要から抜粋。)

人口減少に対応し、日本の地域それぞれが、住みよい地域をつくって暮らしていけるようにしよう、というのがこの法律の主旨ですね。

そして、そんな法律が作られて、地方自治体はどんな関係があるの?と思いますが、この創生法の第10条に「市町村は、『市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略』を定めるよう努めなければならない」ことが書かれています。
これは努力義務ですので、必ずしも作らなければならないものではありませんが、この戦略を策定すると国も予算をつけてくれる可能性があります。

予算獲得…という目的だけではないでしょうが、新宮市でも、この「総合戦略」を策定することを決め、そのために市長をトップとした「新宮市まち・ひと・しごと創生本部」を設置しました。
また、広く住民や、産業、教育、金融、といった分野の関係者からの意見を集めるため「新宮市まち・ひと・しごと創生推進会議」も設置し、夏頃から様々な意見を集約してきたところです。

私がいつも傍聴しに行っているのは、「新宮市まち・ひと・しごと創生推進会議」でして、こちらは、5回目で終了予定でしたが、委員の方々から「自分たちの意見がきちんと反映されていない」といった意見が出され、7回目まで会議が延長されることになっております。
ちなみに、議会でも「議員説明会」という議員全員に対して事業内容を説明する機会が12月にも一度設けられましたが、議会への”報告”のような形で終わってしまい、議員の意見はほとんど反映されない、という形になっていました。
こういった背景があるからかどうかはわかりませんが、2月8日(月)9:00~春日隣保館で再度「まち・ひと・しごと創生総合戦略」についての議員説明会があります。
特に傍聴は禁止されていないので、足を運んでいただける方は、ぜひ覗きにいらしてください。

…さて、少し話がそれましたが、少子化と過疎化が加速する事態を重く見た国が「まち・ひと・しごと創生法」を制定し、この法律に伴って、自治体もそれぞれに「創生総合戦略」を策定する必要性が出てきたことを背景に、何度も話し合いが行われてきたわけですが、傍聴を行い、総合戦略を読む中で、思うところもありますので、それを次回以降は書きたいと思います。

次回は、「②「結婚・出産・子育ての希望を叶える」ってどんなまちづくり?」について書く予定です。

12月定例会の振り返り ―報告③教育長人事、これでよかったのだろうか?

こんばんは。
北村ななみです。

12月定例会の最後の報告、「教育長人事」について更新ができておらず申し訳ありませんでした。
本日、更新します。

▼まず、何が問題だったか?

このブログでも取り上げたように、幼稚園の条例改正が国の法改正に伴って行われておらず、保護者の方に混乱が生じたことはすでに述べたとおりです。
それ以外にも、12月議会中に判明した内容として、
 ①三輪崎幼稚園への入園希望者に対し、「入園希望者が少なかったら来年は閉園するかもしれない」という話を個別に行う、という対応をしていた
 ②法律で義務付けられている教育委員会の「事業評価」を平成23年度から行っていなかった
という2点があります。

①に関しては、自分の一般質問中に判明したことですが、閉園について、行政内で統一見解が取れているものではなく、公式決定されたものでもありませんでした。
また、②は並河議員の質問中に判明したことでしたが、こちらに関しては「(これまでやっていなかったので)来年からやります」という、前向きではありますが論点はそこではないんじゃ…、という答弁が出てきていました。

条例改正ができていなかったこと、三輪崎幼稚園を一方的な閉園に向かわせる対応、行政評価の不備、といった問題点がいくつもあり、こういった点があるのに、そのまま何の責任も取らずに「教育長」というポストを継続してもいいものなのか?という点がこの問題の論点でした。

▼人事案は、どういう結果だったか?

教育長人事は、議案として提案されているので、本会議上で教育民生委員から質疑→総務建設委員会で議論し、採決→再度本会議で委員長質疑を経て、採決、という従来の議会の議論のやり方に則って議論が行われます。
私は総務建設委員会でしたので、教育長人事に関して、委員会で質疑を行いました。

結果として、委員会で、私は教育長人事に反対しました。
それは何故かといいますと、色々と質疑をしたのですが、その中で、私が市長に「教育長の功績は、確かにエコ広場を実現したという実績もあり、そこを言われるのはわかるが、12月議会中に様々な問題が教育委員会から出てきていることも踏まえて、教育長の問題だった部分、できていなかった部分はないのか」という質疑をしたところ、「思いつきません」という答弁が返ってきたからです。
この質疑の前にも、一般質問でどういった点が問題だったか、ということは私だけではなく同僚議員も3名、それぞれに指摘していたはずです。
しかし、そういった答弁が返ってきてしまうことは、やはり問題が何であったのか認識されていないのではないか、という疑問を持つには十分だったと私は考えています。

新たな「教育長」ポストは、首長がその責任において選任します。
それにもかかわらず、この答弁では、まったく今回の問題を踏まえず、ただそのままのポストを継続させる、というように見えてしまいました。
ですので、この人事には反対しました。

本会議でも同じく反対しましたが、教育長人事、賛成多数のため可決され、新教育長としての任命が決定されました。

▼どうすればよかったのか?

一つには、教育長の責任をどのように取らせるか、を明言すべきであったと考えています。
議会終了後、「戒告」という処分が教育長をはじめ部長、課長にそれぞれくだされましたが、この処分が決定されたのは昨年の12月18日。
しかし、この「戒告」という処分、処分期間は特に定められておりません。
「戒告」をおこなえば、実質18日に処分は終わったことになります。
「戒告」とは何か、と、簡単に言えば「口頭注意」であり、それぞれの長に戒告の書面は渡されたそうですが、そこで処分は終わってしまったと言えます。

私は、処分をもっと重くしろ、ということだけを求めるのは本意ではなく、また、求めるべきものではないと思います。
しかし、この処分だけで終わってしまってよかったのか、という点については、やはり疑問が残ります。

そのため、もう一つ、「なぜこういった問題が起こってしまったのか」をきちんと内部調査し、報告書としてまとめるか、再発防止をうたうのであれば県から来る書類の取り扱いのマニュアルを作成する、といった「今後の仕事に何をどう生かすか」という部分を明らかにすべきではなかったかと思います。

原因調査は、関係者への聞き取りだけだという答弁でしたが、それだけでは、再発防止策が講じられたとは言えません。
今回、議会が終了してしまい、処分が一応なされたということで、この件は一段落したように見えるかもしれませんが、内実が変わっていなければ再発は起こり得るのではないでしょうか。

これについては、教育民生委員会の委員の方々が「付帯決議」として対応を求め、議会でもこの「付帯決議」を可決していますので、今後の教育民生委員会での議論が求められる部分かと思っております。
(下の写真の4番が該当部分です。クリックすると拡大されます)

DSC_2491 (1)

▼これからについて

新たな教育長としての任期は始まっています。
特に今後注視していかなければならないのは、幼稚園をどうしていくのか、という方針をどのように決定していくのか、という部分です。
知らない間に、「幼稚園が閉園されることになっていた」ではやはり手続きに問題がありますし、一番不利益を被るのは市民の方、子どもたちです。

幼稚園がどうなっていくのかは、教育民生委員会でも話がされていくかとは思いますが、今後も、継続的に行政にも足を運び、ヒアリングを行うとともに、保護者の方のご意見などもうかがい、どのような幼児教育環境が望ましいのか提案していけるように動いていきたいと思います。

***

長くなってしまったのですが、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
3月議会に向け、12月の反省も踏まえながら、また準備を進めていきます。

【メモ】新宮市消防出初式に参加しました。

こんばんは。
北村ななみです。

今日は、新宮市消防出初式に参加しました。
実際に放水したり、行進したりする、消防団員としての参加です◎

…と言っても、私は入団して1年くらいですので、放水の係ではありません。
放水用の水槽に入れたホースを、浮き上がらないように手で押さえる係でした。

***
私が入っている「熊野川第5分団」は、女性だけの消防団です。
熊野川町で行われた秋の訓練も、人数が多かったな、と思っていましたが、新宮市全体の出初式ともなると、消防署、消防団の皆さんが来られるので人数も多いし壮観でした。

熊野川を出発する早朝は、気温も寒かったのですが、放水を開始する頃にはだいぶ暖かくなっていました。
晴れていたので、放水中にきれいな虹がかかりました。

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出初式のあいさつでも言及されていましたが、自主防災組織として消防団に入り、防災意識を高めることは、特に熊野川地域にとっては必要ではないかと思います。
それともう一つは、地域の方といろいろお話できるということも大事です。

出初式の合間に、昨年よりもお話できる方が増えているのに気が付きました。
年末警戒の時にも思ったことですが、人が住んでいるところをどのようにして存続させていくかを考えたときに、子育て、教育、医療はもちろんですが、防災も必要だし、何より人と人とのつながりが大事です。

自主防災組織に参加し、日頃から連帯意識を高めたり、コミュニケーションを取っていく意味はあると思いました。

こういった消防団活動にも税金が使われていることは確かですが、何が必要なお金で、何が必要なお金ではないのか。
3月議会という、予算編成が行われる、次年度にとって最も大事な次の議会に向けて、今からまた準備をしていきます。

***
その準備に関連した、次回以降ブログを書いていきたいテーマをメモしておきます!

①まだ書き切れていなかった教育長人事の問題
②1月8日に行われた第5回新宮市まち・ひと・しごと創生推進会議を傍聴して考えたこと
③3人目の保育料を無料化する(年収の条件あり)という政府の方針決定について
④「女性活躍推進法」について

これらを順次更新していく予定です。

【メモ】マリア保育園の新園舎を見学してきました。

こんばんは。
北村ななみです。

昨日、1月7日は、マリア保育園さんの新園舎が見学できる!ということで、午後、見学に行ってまいりました。

保護者の方でなくても見学できたのですが、できたばかりのピカピカの園舎を見て、ここに子どもたちが入って過ごすのかと思うと、自分のことではないのにとてもわくわくする気持ちになりました。

細かい部分まで配慮がいきわたっていてすごい!と感じた部分は、トイレのどの便座も温かいことと、トイレ横の手洗い場の蛇口が自動になっていたことでしょうか。
「子どもだから冷たい便座でよい」、ということではなく、「子どもでも温かい便座の方がいいのではないか」という話し合いもあったそうですし、蛇口に関しても、自動にするかしないか、それが子どもにとってどういう影響を与えるのか、といった話し合いをされたそうです。
こういった話し合い、私がお話を伺ったのは一部であって、実際には、様々な話し合いが何度も重ねられ、子どもも過ごしやすい、そして、職員の方も働きやすい園舎が出来上がったのだと感じました。

そして、子どもや職員の方以外にも、「地域の方が交流しやすい」ことも、視野に入れておられます。
「地域の方も交流しやすい」とはどういうことかといいますと、おゆうぎ室となっている部屋は、災害時には地域の方の避難場所としても使用できることが想定されているとのこと。
また、このおゆうぎ室、平日の夜や土日などは、「地域の方に利用してもらう」ことも、考えておられるとのことでした。

園長先生が口にされた、「地域に奉仕できる園であるように」とのお話は、新しい園舎という形で、そのお言葉と思いが具現化されているように感じました。

どんな環境で子どもを育てるか。
子どもにとって、どんな環境を作るべきなのか。

子どもの行く先を先回りするのではなく、子どものすることをのんびりと「待てる」環境が、私も作りたいなあ、と考えさせられる見学でした。

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日当りのいい広いお部屋

日当りのいい広いお部屋

小さい子用のトイレです。

小さい子用のトイレ。

2016年が始まりました。 ―今年をどんな年にしようか、考えてみた。

こんばんは。
そして、あけましておめでとうございます。
北村ななみです。

あっという間に2016年が、5日も過ぎていました。
2015年もあっという間だったのですが、本当に月日が経つのは早いです。
年末は、12月28日に消防団として「年末警戒」に初めて参加し、地域の方と年末いろいろお話しできたことが印象に残っています。

今年は、3日間だけ実家に帰りました。
その際、高校卒業までお茶を習っていた先生に5年ぶりくらいに挨拶に行けたこと、中学からの同級生に会えたこと、そして、もうだいぶ高齢の祖母たちに会えたことがやはり、実家に帰ってよかったと感じたことです。
父方、母方の祖母たちは、2人とも元気で暮らしていますが、80代を迎えて長く、父方の祖母はもうすぐ米寿です。

18歳で長野を離れてもう10年。
お茶の先生も、友人も、祖母たちも、18歳の頃から、当たり前ですが歳を重ねています。
今まで、当然だと思っていたことも、振り返ったら全く当然などというものではなく、色んな方に、様々な形でお世話になったり、迷惑をかけたり、応援してもらったりしてきたわけで、私は迷惑を振りまきながら過ごしてきたんだなと痛感しました。

今年は、もう少しましな人間になりたいものです。

***
さて、改めて考えますと、2016年4月で、ここ、新宮に来て丸2年を迎えます。
そして、今年は新宮で暮らして3年目に入る年です。

「地域活性化」がしたいと考え始めたのが高校生の頃だったので、そこから数えてそれも10年。
いい加減、どんな「地域活性化」が自分の考えるものなのかを具体的に作っていく時期です。

そう思いながら、過去の日記を読み返していたら(私は日記をつけているんです…。)、

私は文化的な「都市」を「地方」に作りたい。
それは「地方の東京化」ではない。
その土地の文脈や歴史や風土を大切にしながら、都市のような人やモノの新陳代謝を活発に行える場所。

普通の人が、普通に暮らせる社会を作りたい。

と書いてあるのを見つけ、考えていることって、あまり変わらないんだな、と思いました。

新宮という場所は、文脈、歴史、風土、どれをとっても他の地域に引けを取りません。
こういう場所で、自分の考えていた「都市」を目指していけたら、それ以上に喜ばしいことはないです。

とは言え、ここに書いてあるのはかなり観念的なことでしかないので、もっと具体的に「文化的な都市」って何なのよ?何をどうしたら実現できるのよ?ということを考えていく年にしたいと思います。

そして、同時に、女性の働き方、子どもを取り巻く環境、障がい児・障がい者の方を取り巻く環境、マイノリティを取り巻く環境、といった、自分の関心がある分野をもっと勉強し、新宮市の実情を調べて、見ていきたいと思います。

***
そして考える、と言えば、目から鱗だったエントリを紹介して、今日は終わりにしたいと思います。
皆さんは、「考える」ときに、どうやってものを考えますか?

は?そんなの簡単やん、と思われるかもしれないですが、ものを考えるときって、自分に問いかけますよね。
「どうやるのか」、「何をするのか」、「なぜやるのか」、といったように。

この時に、自分の思考の癖みたいなものがあるんだそうです。
それがこのエントリ。

自分への問いかけ方で、無意識のうちに思考は固定化されている — The First Penguin — Medium

これを読んで、目から鱗が落ちました。
例えば、私は基本的に、「なぜ」で物を考える癖があり、だから観念的な物言いになったり、自分の考えを深化させたつもりでも具体性がないって突っ込まれたり…するんだな!と、反省できました。

というわけで、今年の小さな目標として、「なぜ」以外に、「どうやって」という問いかけを意識的にしてみる、というものも付け加えたいと思います。
このエントリを書いたけんすうさんご自身は、「どうやって(HOW?)」を考えがち、と書いておられます。
しかし、私は無意識に「どうやって」を考えたことがほとんどなかったのです。

それだと、嗜好の幅も広がらないな、ということに新年早々気付けて良かったです。

今年は、ちょっとずつ、自分の思考の癖や行動の癖に意識を向けて、徐々に変化させていく所存です。
それと並行しながら、上記でも書いたように、文化的な都市づくりを目指して、自分の関心のある分野に飛び込んでいってみますね。

それでは、今年もよろしくお願いいたします。