新宮市まち・ひと・しごと創生総合戦略について② ―「結婚・出産・子育ての希望を叶える」ってどんなまちづくり?(働き方と、結婚、出産についての考え方)

こんばんは。
北村ななみです。

書ききれていなかった、創生総合戦略について、「結婚・出産・子育ての希望を叶える」ってどんなまちづくり?」というテーマを今日は書きます。

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先日、まち・ひと・しごと創生総合戦略についての、最後(になるであろう)の議員説明会がありました。
最後の、としたのは、2月19日に行われる総務建設委員会でも再度この話をするからです。
(8人の議員からなる総務建設委員会と、17人の議員全員が参加できる議員説明会は、別のものなのでこうやって書きました。)

自分がこの総合戦略について気になっていたのは、「結婚・出産・子育ての希望を叶える」という文言です。

私は、自分の経験上と、自分の友人・知人といった周囲の状況、社会環境を見て、

「結婚・出産・子育てをしたい」人ばかりが存在するわけではない、ということを強く思っていました。

結婚する/しないはもちろん、何らかの要因で”できない”こともあります。
それは、自然にそうなっているのかもしれないし、社会的な要因であるかもしれません。

出産、子育ても同様です。

する/しない/できない、というのは、主義でもあれば、環境によるものでもあり、成年したら大多数の人が婚姻関係を異性間で結び、子どもを出産し、子育てする、というモデルは、特に近年のように価値観が多様化する中では、様々な形へと変わりつつあります。

自治体が、その維持運営のために、そこに住む人たちに対してこういった政策目標を掲げることは、一方では仕方のないことかもしれません。
ただ、その一方では、「何らかの理由で結婚・出産・子育てをしない/できない」人がいるかもしれない、という視点は必要です。

その視点を取りこぼすことは、そこに住む人の多様性をなくし、個人の選択の自由を狭めることになりかねません。

色々な生き方をする人がいる。

その前提に立ちながら、政策目標を考えることが今の自治体には必要なことではないでしょうか。

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もう一つ、結婚・出産・子育てに関して考えていること。

それは、必ずしも「夫婦単位」で子育てすることを想定して制度を運用しなければならないのか、ということ。

シングル家庭の方もおられます。
何らかの理由で「家庭」を離れて育つ子どももいます。
こういった場合に、制度上の様々な措置は確かにあるかもしれません。

でも、例えば、「両親がいる家庭」にはこういう支援、「シングル家庭」にはこういう支援、と、そこに差を設けるよりも、「単身」でも安心して出産できて、子育てできる、という仕組みを設けることも一考に値するのではないでしょうか。

また、外国の方への対応も大切です。
外国の方の子育て、日常生活について、個別に現状を知る機会がありました。

その現状を見て、外国の方の子育てをどう支援するか、そして、外国の子、ハーフ(※1)の子をどのように社会として受け入れ、「地域に住む子ども」として一緒に育てていけるか。

それを、今すぐ考え、実行に移していかないといけないです。

「多様性」が現に存在する、その中で、個人がどういう「結婚・出産・子育て」の形を選ぶか。

きちんと、選択できる状態に社会環境が整っているか。

必要なのは、そういう選択肢を最初から「ないものにしない」という、制度や社会環境を整備して運営する側の考え方だと思います。

それが必要なのだと発信していきます。

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最近、あまりお会いできていない方、お話しできていない方もおられます。

ただ、今、相談を受けたり、あれもこれもと動く中で、まだ目が向けられていない、光が当たっていないと感じる部分に出くわすことが多々あります。

そこをなんとかしていきたいという気持ちは変わっていないので、今日は自分の考えを述べる部分が多い記述になってしまいました。

今日、私が言いたかったのは、

①結婚・出産・子育ては、する/しない/できない、といった問題を内包しているデリケートな事象であること、その視点を持った政策目標、政策を考えるべきではないか、ということ。
②単身であっても出産・子育てしやすい環境、制度作りが必要なのではないかということ。
③外国の方、(言及はできなかったけど)障がいを持った方に対する結婚・出産・子育てをどのように支援するのかを改めて考える必要があること。

という3つです。

「希望を叶える」という文言には、文句ありません。

個々人の「希望を叶える」ことができる環境づくりに向けて、もっと力を付けたいと思います。

・・参考・・
子ども、産まなくてもいいですか? 自分の意思だけでは決められない苦悩 – ウートピ

※1 今回は、便宜上「ハーフ」という表記を使いました。現在では、「ハーフ」といういい方は差別的である、差別を助長するとも言われており、「ダブル」、「ミックス」といった言い方をすることもあるようですが、この言葉は、日本において日本人と外国人との間に生まれた子を指すもっともなじみがある言葉であると考え、この表記を用いました。

【重要】丹鶴幼稚園で、在園児の保護者さんに向けた保育料説明会がありました。

こんばんは。
北村ななみです。

本日、25日、そして明日26日は、丹鶴幼稚園の「幼稚園開放デー」だそうです。
11月は、新宮市の「学校開放月間」ということで、その一環として幼稚園も広く一般見学も受け入れる「幼稚園開放デー」を設けているようです。

で、その幼稚園開放デーの中で、「保育料の説明会がある」という話を聞いたので、本日、幼稚園の見学も兼ねて、話を聞きに行ってきました。

今回の説明会は、「在園児の保護者さんに向けたもの」で、事前にお母さん方には通知が行っていたようです。
時間は、幼稚園のお迎え時間に合わせて13時から。
集まっていたお母さんは大体12人くらいでしょうか。

市役所からは、3人の職員さんが来て、まずは「なぜ、保育料が変更になるのか」についてから話が始まりました。

今回の説明の要点をまとめると、

・平成27年4月から、「子ども子育て支援法」という新しい法律が施行された
・手違いで、その法律を適用することに遅れが生じた
・本当は、27年度から料金は改定されるはずだった

というもので、この新法に対する対応ができていなかったことで、保護者さんたちに生じる問題に関しては、

・返金対象になる方(階層区分:第1、第2)もいる。その方々には、幼稚園を通じて通知を出し、口座に返金する処理を行う
・平成28年1月からは4,900円で上限を固定し、国が定めた上限額が第1、第2階層にあたる人たちは、国の上限額に合わせて市が規定した保育料にする
・平成28年4月からは、添付写真の「H28年度保育料(案)」にあるような保育料を考えている(※決定額ではないです)
・そのため、平成28年4月からは、保育料が値上がりする世帯もある

添付写真「新宮市立幼稚園 H28年度保育料(案)」

添付写真「新宮市立幼稚園 H28年度保育料(案)」

という説明がされました。

ただし、この「(案)」についても、説明会場では「議会の承認が得られたらこの金額になる」との説明をされていましたが、12月議会ではこの金額の妥当性や承認を求めることについての議案は提出されていません。
提出されているのは「新宮市立幼稚園条例の一部を改正する条例」というもので、「保育料を規則で定める額」にする、と条例の文章を改めることを求める議案です。
ただ、これに賛成することにより、「保育料が『規則』で定められることになり、議会の関与が薄くなる」ことは考えられます。

説明会に来ていたお母さん方にも何人か声をかけてみたのですが、「急すぎる」とか、「一律の方が良い」という意見がありましたし、まだ説明をすべて飲み込み切れているようには見えませんでした。
ちなみに、この説明会は15分で終わったので、逆に、もう少し、お母さん方からのヒアリングを行う場にしてもよかったのではないかと思います。

ただ、それはどうなのか…?と少し疑問に思った対応があります。
それは、「来年からの保育料がいくらになるか知りたい方は課税証明をとってきてくだされば対応します」という説明です。
今回の件は、言ってみれば市役所側の「遅れ」による保育料の改定であって、お母さん方に更なる手間をかけてもらう必要性というのはまったくないわけで、課税証明の書類を書いて、提出してお金を払い、それをまた教育委員会へ持っていく…という、お金と手間がかかることを、なぜ何の責任もない保護者の方がしなければいけないのかな、と、疑問に思いました。

王子幼稚園、三輪崎幼稚園の在園児向けの説明会はまた改めて行うそうですが(日時未定)、丹鶴幼稚園での説明会は、明日26日、明後日27日の2日間も行うそうです。
時間は13時からです。

ただ、まだ入園者向けの新たな説明会は行われていないので、その説明会の開催も行ってしかるべきかと思います。

幼稚園に入れるか、保育園に入れるか迷っている保護者の方の不利益にならないよう、そして、その影響を子どもが受けないよう、ことの経緯をきちんと説明し、どういった対応をしていくのか、そこをきちんと取り上げていきたいと思います。
12月議会は、そこが争点になるはずです。

今回の件に関し、ご意見や周囲の保護者さんのお声など、ぜひ教えていただければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。

ママにならないと、子育てのことはわからない!?

子育て真っ最中!というわけでもなく、結婚もしていない自分がヒアリング活動をしているのは、このブログをお読みの皆様でしたらご存知かと思いますが…
先日、「(あなたは)結婚もしていないし、子どもも育てていないけど、お母さんたちのことがわかるんですか?」という質問を男性の方からいただきました。

それに対する、自分の中で確立した回答があるので、ブログにも書いておこうと思います。

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まず1点目。
「お母さんたちのことがわかるんですか?」という部分に関して。

「わかる」をどう捉えるかにもよりますが…
他者として、また非当事者として結婚の大変さ、子育ての大変さを実感として「わかる」というのは正直難しいと思います。
身体的な経験が伴わないため、体感的に獲得する「わかる」という行為ができないからです。
実際に体験することと、お話を聞くということの間には、やはり溝は存在していると思います。

しかし、ヒアリングさせていただく中で、何らかのエピソードをお聞きし、「それは大変だ…!」、と、共感して理解することはできます。
例えば、小さなお子さんに毎日つきっきりで、子連れでは病院に行ったり買い物をしたりすることも大変であること、なかなか自分一人の時間がないことなどを聞くと、今まで知らなかった子育て中のお母さんの姿が見えてきて、苦労されている部分があるのだ、ということを事実として認識できます。

ですので、この部分に関しては「自身の経験として体感することは難しい、が、話を聞く中で何が大変なのかを認識し、理解することはできる」というのが答えです。

続いて2点目。
「結婚もしていないし、子どもも育てていないけど、」という部分に関してです。

結婚していて子どもを育てていないと、事実としてママの立場になることはできないですが、それって「お母さんたちのことをわかる」ために必要なことなんでしょうか?

結婚していない、子どもを産んでない、育ててもいない、だと、1点目でも述べたように、「お母さん」の気持ちや考え、子育ての大変さは実体験としてはわからないと思います。

けれども、その「わかる/わからない」ということと、当事者だけが子育てや家事育児の大変さについて考えたり何とかしたいと思うことって、全く別物じゃないでしょうか。

結婚・育児をしていない非当事者でも、人の考えや気持ちを聞き、その人の気持ちを想像したり共感したりすることはできるはずです。
わかるひと=当事者、と当てはめてしまうと、結婚していて子どもがいる人しか、お母さんのことはわからず、実際の当事者しか、自分たちの置かれた環境を実感できず、また、何とかすることもできないという構造になってしまわないでしょうか。

私は、問題提起したり、解決に向けて動いたりする人が当事者しかいない、という構造では、当事者と非当事者が分断され、当事者に対する「無関心」を作ってしまっている、と思います。

だからこそ、今までお母さんたちの置かれた環境を何とかしたい、何とかしよう、と考え動いてきたのは当のお母さんたちだったのではないでしょうか。
でも、私はそこにお母さん以外の人も入れてほしいし、お母さん以外の人たちも、お母さんのことについて考えてみてほしいと思います。

私が、なぜヒアリングを始めたかと言えば、地方に暮らす女性の働く環境を整えたい、子育てで大変なことがあれば教えてほしい、解決の糸口を探したい、という気持ちがあったからでした。
というか、目の前に「これは大変そうだな」と感じる誰かがいたら、私だったら「この大変さ、何とかできないかな」と思います。
非当事者であっても、どうしたらその大変さがなくなるか、何が問題なのか、自分にできることはないか考えます。

ですので、この質問に関しては、「結婚出産育児はしていないけど、だからといってお母さんたちの問題を自分ごととしてとらえなくてもいい、という結論にはならなかった」というのが答えです。

余談ですが、病児保育サービスの先駆けでもある認定NPO法人フローレンスの駒崎代表は、まだ結婚していないし子どももいない状態で、しかも男性ですが「病児保育がないこと」で不利益を被っている女性の話を聞き、大学卒業後にNPOを立ち上げ病児保育のサービスを開始しました。

これは一例ですが、自分が当事者ではないことにも共感して自分が行動することって、やっぱりできるんじゃないか?と駒崎さんの活動を見ていると思います。

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さて、私はその質問をされた時、「お母さんの問題」を「お母さん”だけ”の問題」にしてしまってはいけない、という答えを返しました。

お母さんの問題は、お母さんだけじゃなくて、子どもを持ってない人、結婚していない人でも、みんなが考えてもいい問題ではないか、と私は考えています。